大学院へ行った理由が「研究」じゃなかったので失敗した話

進学

仕事を辞めて大学院へ行きましたが、半年ほどで落ちこぼれました。

なんとか、ギリギリで修士の学位を取得できましたが、結果として大学院で失敗したと思っています。

なぜ、大学院で失敗したのか?

大学院へ行った理由が「研究」じゃなかったからだと思っています。

大学院へ行きたいと思った理由というか、きっかけが5つありました。

しかし、大学院に行きたい理由5つの中に「研究」がありませんでした。

いくら、いろんな理由で大学院へ行きたいと思っても、その理由に「研究」がなければ大学院で失敗すると思った話です。

スポンサーリンク

大学院に行こうと思った5つの理由

大学院へ行こうと思った理由というか、きっかけが5つありました。

その5つの理由を以下に挙げます。

大学や専門学校で教えたいと思った

私は医療系専門学校に通っていた時期がありました。

専門学校在学中から、「教える側になりたい」と漠然と考えていました。

専門学校の専任教員になるには、5年の実務経験または修士の学位が必要とありました。

また、大学で教えるには大学院修了が必須となります。

大学院を出ているほうが、大学でも専門学校でも教えることが可能になります。

同じ講師でも、専門学校講師よりも大学講師のほうがかっこいいと思いました。

もっと勉強したいと思った

専門学校卒業後、病院に就職しました。

日々、仕事をする上で、知識不足、勉強不足を感じ、もっと勉強したい、勉強しなければいけないと、焦りのようなものを覚えました。

ひとりで勉強するには限界があると思ったので、もう一度学校で勉強したほうがいいんじゃないかと考えました。

知識不足、勉強不足から、大学の学部からやり直したほうがいいかもと学士編入も考えましたが、単位取得が目的になりそうだったので、学士編入はやめました。

いちおう大卒なので、大学院の受験資格があり、どうせなら大学院で勉強しようと思いました。

自分の専門分野を持ちたかった

何物でもない自分が何者かになるために、専門分野、得意分野を持ちたいと思いました。

勤務していた職場を辞めたかった

この比重は、結構大きかったです。

勤務していた職場のやり方が合わなかったのと、当時、メイン業務としていた透析業務から離れたいと思っていました。

イヤな患者と接するのが苦痛で仕方ありませんでした。

この苦痛から逃れるための言い訳(?)の側面もあるかもしれません。

「社会人よ大学院に行こう!」という雑誌記事に煽られた

「社会人よ大学院に行こう!」という雑誌記事を、当時よく見かけました。

もっと勉強したい、勉強しなければいけないと思っているところに、こんな記事を見たため、すっかりその気になってしまいました。

さらに、社会人大学院に関する情報を集めました。

雑誌記事に煽られた感は否めません。

研究がやりたくて大学院に行ったのではない?

大学院に行こうと思った理由が5つありました。

ところが5つの理由に「研究したい」がありませんでした。

大学院に行きたい理由がいくらあっても、「研究したい」がなければ大学院に入ってからミスマッチを起こすことになります。

あとから考えると、本当は研究をやりたかったのか? 単に知識を増やしたかっただけではないのか? はたまた、苦痛から逃れるためでは?

研究のことはそっちのけで、大学院に行くことが目的になってしまったのかもしれません。

大学院は研究するところであって、勉強するところではない

大学院は研究するところであって、勉強するところではありません。

今までに知られていることを知識として得るのではなく、新しい知見を得るところ。

また、研究方法を学ぶところ。

大学院は研究をするところということを理解していないと、入ってから苦しむことになります。

さいごに

大学院は研究するところであって、勉強するところではありません。

大学院へ行く理由が「研究」じゃないと、入学してからミスマッチを起こして、大学院生活が失敗に終わります。

大学院進学を考えてる人は、本当に研究をしたいのかをよく考えたほうがよいでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました